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2026/01/19 13:23 |
ねじ
忙しさが少し落ち着きつつも来月の業務が始まることに暗澹とした気分になります。
外回りが多そうなんですよね。
今週は月曜から木曜まで出張で飛び回り歩き回り、喋り回って大変疲れました。
でも色んな人と沢山お話できたのは楽しかったです。仕事でも会話で新発見って大事だな、と。

どうでもいいことなんですが、4年使っているノートPCのハードが最近怪しいです。かりかり音が次第に大きくなり、挙動が不安定で今日はファンが一瞬停まったり。
ということで、今日は仕事から戻ってカレーを食べた後、VAIOくんを分解して清掃してみたけれども分解するの正直とても大変だった、ふう。
しかしながらPCなんてものは基本構造はどれも変わらないので、カバーを固定するネジがどこにあるのかさえ把握していればノートPC分解はそれほど難しくない。
ねじを外して再度つけなおすのが一番大変でした。
収穫としては、HDD換装がとても簡単っぽいので新たなHDDなりSSDなりを購入して換装実行すればいいんじゃないか、と結論に至ったことでしょうか。

そうそう、ヅカ銀英伝をみるために、次の日曜日は大阪へ行きます。
初めての宝塚です。銀英伝がヅカになるなんて、感慨深いものです。
見に行ったら観想を書きますね。

小話を書いたので明日(というか今日?)あげます。
とりあえず眠いので寝てから…。
台風には皆さんお気をつけて-。

追記
拍手のほうへ上げました。
というのは、いつかの「兵士の噂話」の続きだから表ページにどう載せたものかと悩んだので。

拍手[106回]

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2012/09/30 01:07 | 雑記
ふっ
ノリノリで書いた日記が消えてしまいましたよ。ああ、無情。
まあ内容が乏しいことなので、要約すると以下の通り。
・今年の9月は忙しくないかもっておもったけど、やっぱり忙しい。
・その要因はさらし首にした○○野郎のせいである。
・次に”ピー”○○に会ったら、心の中で罵倒しつつ「おかわりありませんかー(にっこり)」と挨拶したい
・その日のために、私は”ピー”で”ピー”な野郎の後始末をするのである
というようなことでした。

あと、ヅカ銀英伝見に行くよ!という話。
羽背負って階段降りつつ両手を広げるラインハルトさんに会えますかね。

拍手やメッセージ、いつも有難く拝見しております。
のろのろながらも粛々と書き進めておりますので、更新までは気長にお待ち下さいませ。

拍手[74回]


2012/09/13 00:29 | 雑記
社交
9月といえば、決算、人事異動と行事がめじろおし!
と言うわけでやや忙しくしております。
忙しいといっても毎日徹夜という訳でもないのですが、今頃夏バテ気味で「体力ないわー」とベッドで斃れています。
今週は東京出張なので、前記事の説明こねまわす余裕もなかなかなさそうです。
頭が銀河モードになっていない!みたいな。

ところで、どうでもいい今年の目標として、ゴルフを始めることを目指しているのですが、冬は寒いから、春は忙しいから、夏は暑いからと後回しにしてきたので、秋が本番です。と自分を追い詰める。
日曜に接待ゴルフとか昭和の遺物と思っていましたが、まだまだゴルフは日本の社交ツールとして生きています。
ダンスが社交でなくてよかったと喜ぶべきかどうなのか。
銀河帝国における社交は、間違いなくパーティ。おうちパーティとかでダンス(ワルツ)してたり、室内楽コンサートしてそうですね。
子爵家の社交は、お菓子とお料理のおもてなしでしょうね。

まあそんなことはともかく、銀河モードに突入できるよう集中して参ります。
いつもメッセージや拍手をありがとうございます!
そういえば前回の更新でエリザベートを見直した的なメッセージをいくつも頂戴したのですが、いつか令嬢と真・令嬢の交友記をおみせできたらとは思っています。
ネタは随分前からあるんですけど、辿り着いていないという。

拍手[76回]


2012/08/28 23:08 | 雑記
こねてます
原作説明的な部分をぶっ飛ばしたはいいんですが、なんだかんだ説明が多くて書いてる自分の頭がパンクしそうになっている。
あと、主人公にお前はどうしたいんだ!と尋ねてみるも、コンラッド祖父様が強すぎて主人公影が薄くなりがちで参ってしまいます。祖父様は暴れ馬でございます。
ディートハルトはそのうち登場します。遠からず。

とりあえず更新できるように、もう少し頑張ってきます。

いつも拍手やメッセージ、ありがとうございます。
励みにさせてもらっております!

拍手[73回]


2012/08/20 00:17 | 雑記
8月15日なので
萌えとは関係ない話です。


去年だったか、一昨年だったか、八月に戦争報道が増えることについてここで語ったことがありますが、ここ最近の日韓問題を見ていると、歴史認識というか歴史の正しさって本当に千差万別だと思います。
根柢には、やはり戦争の後始末の仕方とか、国の成り立ちといったものがあるのでしょう。
韓国における8月15日は光復節という独立解放記念日とされています。植民地支配からの解放の日。
一方の日本では、終戦記念日。戦争が終わった日。日本が無条件降伏をし、それを全国民に告げた日。
ここの認識からして大きく食い違っている。

植民地化の是非は、当時の世界情勢、経済事情にも関わるので事実として一旦受け止めてみましょう。
とはいえ植民地政策は、現代においては「悪しきもの」として否定されています。人民の自決権が意識されたからですね。
この考え方を用いると、植民地政策というのは、他人が住んでいた場所に乗り込み、”俺の方が強いし正しい、先進国だしお前達発展遅れてるから開発してやるし、お前のものは俺のもの”ということになります。これにより、植民地の先住民は宗主国の国民から”下等”扱いされます。というか、植民地の先住民を下等にしてしまうのが植民地システム、という言い方もできます。
植民地政策の本意は、下等扱い云々ではなく経済圏の拡大等の利益問題にあったのですが、副産物として民族や特定地域住民に対するレッテルを作り出してしまった点に禍根の源泉があるように、個人的には思います。

さて、経済や国家や戦争といった事柄からみた植民地問題を考えるのではなく、下等扱いされた側の気持ちを、上等側の人がどれほど理解できるのか、という問題に捉え直してみると(すり替えたと思う方もいるかもしれませんが、個人的にこういうのって個人レベルの意識問題も根深いと思うんですよ)、ぜんっぜん対話出来てない、相互理解が進んでないというのが個人的所感です。
だから話してみよう、関心を持って接してみよう、調べてみよう、という結論へ私自身は繋がります。

歴史のことって、自分からとても遠いかもしれません。
けれど、自分が日本人または、○○人と属性を誇らしく思うのであれば、その属性に付与された負の側面、過去の歴史、どのようにその属性が形成されたのかという事実もまた、背負う必要があるかと思います。
責任を感じるとか、謝罪するのとはちょっと違っている気がしますが、自分自身の中に答を持っている、という状態が”背負う”ことかと思います。
問われた時に、誰に言われたものでもない、自分自身の答を返すことができるのか。
謗られることを厭って発言者を憎んでいないか。正しい、間違ってるって断罪する根拠が、その当時を生きていない私たちのどこにあるのでしょう。
けれど、属性問わず、その状況に置かれた相手に共感し、想像し、心を寄せることはできると思います。
未来から過去を眺めることをできる私たちは、過去の歴史の中で憎悪をぶつけ合った人々の両方の立場を思いやることができるのではないか、と私個人は考えます。
こういう思考法は、国家間の賠償問題を解決するものではありませんが、わだかまりを小さくするには役立つと思います。

年に一回くらい、こういう話をしてみるのでもよいのではないかと思って書いてみました。

拍手[36回]


2012/08/15 03:30 | 雑記

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